文学少女、機械学習に思う

私はかつて読解や文字列の処理が得意な文学少女だった。

文系の権化のような外見だったが、小さい頃から抱いていた夢は科学者だった。文字列=遺伝子と言うことで生命科学をやろうとした。しかし女の子が理系大学なんてと母親の理解を得られなかった。

ならばと両親の理解を得て、研究者養成の文学部に受かるも、結局学費が貰えず中退することになる。

失意のまま非正規で働いていたある時、友人の薦めで学費免除のある商学部の夜間短大にいくことになる。罪悪感を感じた父が学費を出してくれて三年次編入編入、経済学や会計学を学んだ。

私はなんとしてでも大学院にいきたかった。教職につけば二年時研修で大学院に行ける。そうおもって教職ゼミにはいるが、卒業研究で登録した機関から地方大学院の説明会ハガキをもらい、そのまま入学してしまう。

修士奨学金情報工学、博士は、家族に急きょ仕送りが必要になり諦めかけたが、商学の先生に雇われて出ることが出来た。

先生は「あなたなら体売るより稼げる」と言ってくれた。どっちの意味だろうか。


コミュ障で、一人机に向かうのが好きな性格の私は、コンサルの誘いを全て断り、エンジニアで就活。メーカーの技術研究所が私を理系に準ずるとして「経営工学」枠で採用してくれた。

もし私が文系なら、文系初の研究職採用だった。
嬉しかった。これでまた研究できると思った。

しかし「イノベーション」と名のつく配属先は、他部署の仕事をなくして流れてきた先輩たちばかり。リストラの匂いがした。

彼らが作っていたフレームワークは酷かった。本屋で買った薄いビジネス書をみながら「ポストイットの貼りかたを工夫すればビジネスが生まれる」とかなんとか。

辛いのは「大学でこういう勉強してきたんでしょう」と言うときの彼らの馬鹿にした目線だった。

彼らも好きでやっているわけではないのだ。他に専門を持つ彼らが求めているのは財務諸表の分析や戦略論のレヴューではない、手っ取り早く金になる、キラキラしたプレゼンだった。

しだいに私は彼らを敬遠して、土日に必死で勉強し、一人で計算機環境を構築して、センサデータを使った行動分析系の委託研究をこなすようになる。

ビジネス分析の先輩方とは険悪になっていった。文系博士は恥だとか、お前の人生は失敗だ俺に謝れ、と罵られたこともある。

パワハラだから気にしなければ良いのだが、会社ではビジネスビジネスと言いながら飛ばされていく先輩方を見送り、家では長年支えてきた家族にも裏切られ、失意のなかで私は、確かに自分の人生は間違っていたかもしれないと思うようになった。

理系になりたい。

仕事として取り組みはじめるまで、推測統計や経済学のモデルをそれなりに回せたから、データ分析はできる方だと思っていた。それでも高校数学すら怪しい単元があることを知った。

数学や物理出身者と一緒に働いて、違いを思い知り、昼休みに泣きながらモノグラフを解いていて、騒動になったこともあった。

そして長年働くと適性も見えてくる。私が大きなお金を稼げるのは、やはり因果推論や金の流れを定義する契約関連だった。

ああ社会系なんだろうな。
積み重ねた時間も、経歴も違いすぎる。

それでも私は、理系になりたい。

時は流れ、GoogleAmazonの隆盛により、情報の研究所は次々と予算が削られた。情報システムと最適化だけでは生き残れない時代が来た。

そう、時代は機械学習全盛期。
興味が無いわけがない。
何書いてあるかよく分からないけど。

私ももう若くない、人生はやり直せないけど、数学ならやり直せる。

文学少女機械学習に思う。
あなたを理解してから死にたい。